2006/09/30

タイムマシーンに搭乗

もしタイムマシーンに乗って過去に行けたとしたら、あの時の経営の意思決定は変わりますか?

もしこのように聞かれたら、こう答える。

「はい。変わります。」

理由は簡単。

あの時の意思決定に比べて、今の方が様々な学びを得ているから。

不確実なことや未来に対する仮定や前提条件が全く同じだとしても、学びがあるので、当然意思決定も変わってくる。

意思決定が異なると言うことは、端からみれば間違った意思決定をした・・・と言えるかもしれないが、そうではない。

正解、不正解という質のものではなくて、どこにバランスの重点を置くのか。

それは選択と集中という言い方の方がわかりやすいのか、最近、この辺の話がうまく伝わっているのか、ちょっと疑問を持っていたりする。

言葉で理解するのではなく、体で体感して(腹に落ちている)いる・・・という類の話なので・・・。

2006/09/29

人財

学ぶことのできない資質、習得することができず、もともと持っていなければならない資質がある。
他から得ることができず、どうしても身に付けていなければならない資質がある。

それは・・・












才�







ではなく、






”真摯さ”である。






と、ちょっともったいぶって書いてみたけれど、ドラッカー氏は「現代の経営」で、このように書いている。

会社における人材育成についても、同じことが言えると思う。

学校教育も同じなのかもしれないけれど、この「”真摯さ”を身に付けることができる」ことを会社に期待している・・・という状況があったりする。
(さも身に付けることができる・・・と謳っている会社側も悪いのだが。)

会社が用意できるのは、きっかけやチャンス。

真摯さを身に付ける場所ではない。

ということで、この真摯さを持っているかどうかが、採用における見極めポイントの一つなのだが、どのようにして見極めるのか・・・。

うーん、なかなかチャレンジング。

2006/09/28

Ruby on Rails

海外発のフレームワークRuby on Rails

弊社もその恩恵にあずかっているのだが、日本でも随分と盛り上がってきたような気がする。

ということで、本家Ruby on Railsのコミュニティに参加して情報をキャッチアップしているのだが、気になることが一つ。

それは日本人がほとんど見当たらないこと。

コミュニティ内で活発なやりとりが行なわれているのだが、全然日本人がいる気配がない。

英語アレルギー???

じゃあ、お前はどうなんだ。お前も黙っているだけだろっ!

と言う声が聞こえてきそうだが、このようなことを書いたのは、自分が発言して以来、全く日本人の気配がないから・・・。

確かに他の言語は大変かもしれないけれど、言語アレルギーがなくなると面白いものや、楽しいことがいっぱい増えます。

さぁ一歩外に出よう。

Rails community

2006/09/27

結果を出すために全力を尽くす・・・。

結果を出すために全力を尽くす。

自分のベストを出す。

なぜベストを出さなければならないのか?

それは手を抜いてしまうと、何も学ぶことができないから。

結果が良かった時は、成功の要因。
上手く行かない時は、失敗の原因。

手を抜いてしまうと、状況が変わってしまうので、これらが見えなくなってしまう。

だから全力を尽くす。

ということで、世の中は2軸で表現できることから考えると、これは”言い訳をしない”ということ。

言い訳ができる状況というのは、即ち手を抜いた状態。

言い訳はしない・・・と心に誓っても人間は怠け者。
だから言い訳ができない状況に自分を追い込む。

ここで悩むのは組織作り。

組織において、「ベストを尽くすことができる」環境作りをするのか、それとも「言い訳ができない」環境作りをするのか・・・。

どちらも目的、方向性は同じながら、使うエネルギーが全くの正反対。
正のエネルギーを使うのか、負のエネルギーを使うのか・・・。

苦痛から逃れたいという意識の方が、快楽を求める意識より強い動機を生みやすい。

禁煙をする時に「キレイな空気を吸いましょう」と言うか、「タバコを吸ってはいけない」と言うか・・・。

圧倒的に後者の方が多いはず・・・。

つまり負のエネルギーを使ったものが多く、そのような生活に慣れている人が多いため、後者の方が目的を達成しやすい。

とは言え、できれば正のエネルギーでそれを実現したい。

となると、正のエネルギーで目的を達成するには、意識の高いメンバーに限られる・・・。

結果として、組織は少数精鋭のスリムなものに・・・。

このように書くと、正のエネルギーを使って組織作りをするのはとても良いことの様に聞こえるかもしれないが、実際はそうでもない。

正のエネルギーで進むことができるメンバーは圧倒的に少なく、また組織として遊びがないため、”本当に”意識の高いメンバーでないと、目的達成が危うい。

そのような綱渡りは組織として磐石ではない。

また、少数精鋭と言えば聞こえがいいが、またまた世の中は2軸で表現できることから考えると”広がりがない”ということ。

人間1人の力には限界があるから、どうしても広がっていくことが難しい。

つまり、企業として考えると、会社の成長スピードに影響が出てくる。

ベンチャー企業が大きくなるにつれ、組織として整備がされ自由度がなくなっていくのは、順調に成長している証。

その自由がなくなりつつあって、創業メンバーが窮屈さを感じてしまうのは仕方がないこと。

このように考えると、正のエネルギーを使って離陸をし、安定飛行に入るまではそのまま突っ走る。

安定飛行に入った後は、負のエネルギーも取り込んでバランスを取る。

その過程では、自分も含めメンバーの意識に大きな変化が必要となる。

組織と言うのは、生き物で常に変化が求められることがよくわかる。

2006/09/26

お客様からのフィードバック

サービスを提供していると、お客様からフィードバックを頂く。

「この商品は、もっとこうした方がいいですよ。」

形として存在するものだと、モノが目の前に存在するため、「ああしたい」、「こうしたい」という要望は少ないような気がするのだが、Webサービスになると、手に取って触ることが出来ないせいなのか、「ああしたい」、「こうしたい」というフィードバックが増えてくる。

例えば、そのフィードバックの内容がとても酷いものだったとする・・・。

としても社内で気を付けたいことは、「酷い」と評価はしないということ。

こちらは製品の情報を全て持っているし、あらゆる情報が集まってくる。

そのような立場から見れば、他のユーザーにとって利益にならないフィードバックも出てくる。

余りにも独りよがりの要望だ、全体像がわかっていないフィードバックだという評価を下すことは、とても簡単。

でも、社内では、このようなフィードバックに対して「酷い」という評価をしないようにしたい。

そのフィードバックをくれた方は、自分が考えられる状況でベストな提案をしてくれたはず。
自分なりに考え、自分の想いを伝えてくれたはず。

その姿勢を評価したい。

そして、内容の良し悪しではなく、「真剣に考えてくれた」、それを「率直に伝えてくれた」
この2つに対して、大いに感謝していきたい。

「好き、嫌い」、「良い、悪い」などの白黒を付ける評価は比較的しやすい。
そしてこのようなことをした場合多い結果が、Win-Winではなく、Win-Lose、もしくはLose-Lose。

お客様が神様になるか、こちらが正しいことを証明するか・・・。
どちらにせよ、対等な関係を築くことは難しい。

そうではなく、まずは「こういう内容でフィードバックがきている」という事実を受け止めること。

個人的には、これが昨日の絵日記で書いたお客様の声に対して真摯に対応するということかなと思っています。

”行動を起こしてくれたことに感謝する。”

組織として、こういった対応ができるようになりたい。

ということで、まずは自らが実践していきます。

2006/09/25

お客様の声を聴く

お客様に対してプレゼンをする時のスタンスとして、気を付けていることがある。

それは・・・

「相手より優れている所は何だろう?」ではなく、「相手から得られるものは何だろう?」」

と考えること。

プレゼンとは提案すること。

つまり、自分を売り込んでいるので、相手からの反応があった時に、どうしてもカウンターで返事をしてしまう。

どういうことかというと、相手からの反応というのは、往々にしてネガティブな内容。

お客様が感じている不安や心配などを口にされることが多い。

商品が高い。

サービスの品質が心配。

自社に適合するか不安。

使いこなせる自信がない。

必要がない。

ざっくり書いてしまったけれど、このような反応がくる。

そうした時に、その言葉をそのまま打ち消すような提案をするのは、良くない。

なぜならば、相手の感情を受け止めたという意思表示にならないから。

ここでは、もう一つ踏み込んで相手が感じている不安、心配などを引き出す質問が効果的。

そしてそれを解消してあげる・・・というプロセスを踏みたい。

本質的な解決策がすぐにわかっても、それをスグに披露してしまうと、自分の優秀さを証明することはできるが、相手の行動に繋がらない。

効果的な解決策であればあるほど、その”優秀さ”が際立つので、相手も意地になって行動しなくなる。

ということで、相手の言葉や想いと言うのは、大切にしていきたいと思っています。

お客様に直接接している時だけではなく、社内のやりとりから、相手の言葉を尊重していきます。

誤解になりやすいのが、このようなことを言うと、言った言葉を全て受け入れるという意味で捉えられてしまうこと。

そうではなく、内容に関わらず真摯に受け止めるという意味です。

2006/09/24

決断の時

決断をする時に大切なことって何だろう。

そんなことを考える。
一つ大切なことは、「決断は絶対間違える。」という前提で話を進めれば、大怪我をしないことは確か。

決断をする時に、普通は決断したことに対して

「やる事は何だろう?」

と考えると思う。

「今日からダイエットを始めよう。」
「転職をしよう。」

そう、何か新しいことが始まる。


ということは、「やめる事は何だろう?」と考えるのはとてもいいことかもしれない。

何かを始めるためには、今までと違った習慣、考え方、行動が出てくる。

だから、やることを考えるのではなく、やめる事を考える。

これが近道なのかも。

2006/09/23

求めるもの

製品作りをしている時にいつも気を付けていること。

それは、この言葉。

求められるセンス(評価される美しさ)は時代によって変わるが、求められる機能(本質)は普遍である。(変わらない)

このような視点を持っていると、行動が変わってくる。

例えば、自分達が提供しているものは、目的を解決するのか、手段を解決するのかがわかる。
手段の解決は、目的の解決にならない。

このようなものは、目新しいかもしれないが、結果として顧客の満足を得ることができない。

だからこそ求められる本質を。

2006/09/22

音楽を聴く

久々にビートルズを聴いた。

その音楽の時の流れが、とてもゆっくりしていることに気付いてビックリした。

今の時代では、絶対に”売れない”テンポ。

曲調が似ているOASISが、このテンポで歌っても、絶対売れないだろう。

何か世の中がどんどんせわしなくなっているような感じがしたのだが、気のせいだろうか?

最近のヒット曲は全くわからないけれど、売れているアーティストの曲調、テンポ、歌詞は時代を反映していると思う。

アーティストの時代を掴む目というか感覚は、とても参考になるし、自分も持っていたいと思う。

それにしてもビートルズはいい歌を歌うなぁ。

中学時代に学校をサボって、家でよく聴いていたのを思い出しました。

あの頃は、時がゆっくり流れていたのか・・・それとも・・・。

2006/09/21

鶏が先か、卵が先か?

環境が変わったから、人が変わるのか?
人が変わったから、環境が変わるのか?

鶏と卵の話になるけれど、実感としてあるのは、環境が変わると、人が変わる。

人が変わって、環境が変わるというのは、とてもパワーがいる。

だからこそ「自ら機会(環境)を創り出し、その機会によって自分を変える」というのが効果的だったりする。

ここで思うのは後継者問題。

「アイツは(後継者として)ここが足りない。あそこが足りない。」

と、言っているうちに、あっという間に月日が流れてしまいそうな気がする。

「ここが足りない。」、「あそこが足りない。」と言っている時には、必ず自分の経験があって、その失敗をしてほしくないからこそ。

失敗の結果と、その原因が見えているから、それをしないために、これを身に付けて欲しい、あれを身に付けて欲しいと思っていたりする。

でも今の環境でそれを身に付けるのは至難の業。

そして知恵を伝えても、知識でしか吸収できないことを考えると、後継者として立って初めて気が付くこと経験できることがある。

となると、失敗しても問題のないような組織作りをすればいい・・・ということか・・・。
(つまり、業績の悪化や組織の歪みが生じることがあるということか・・・。)

準備をするのではなく、常に本番を繰り返す中で精度を上げていく。

考えれば考えるほど、チャレンジに行き着く。

やったもん勝ちであるし、準備をしている内に人生は終わってしまう。

チャレンジができる風土と、それを支えるセーフティネット作り。

まだまだ出来ていないので、一つ一つ作っていきます。

2006/09/20

技術大国ニッポン

トヨタでは、このような言葉があるらしい。(間違っていたらごめんなさい。)

「者ではなく、物を見ろ!!」

カイゼンを継続していくためには、問題を発見する(定義する)必要がある。

そうした時に大切なことは、人ではなく、製品(車)そのものに目を向けなければ・・・。

「事件は会議室で起こっているんじゃない。現場で起こっているんだ。」(だったかな?)

このような言葉からもわかる通り、現場や製品って大切だよね。

だから、きちんと見なければ・・・。

と、このように書くと至って当たり前になってしまうが、これがサービス業になると、話は変わってくる。

サービス業は、「物ではなく、者を見ろ!!」

例えば小売では、POSデータで商品の売上数字を見るよりも、お客様がどういう状況で購買していくのかを見ていくことの方が大事。

物の数字は、仮説の検証用でしかない。
ということで、所変われば品が変わる。

物=モノ、者=コト。

モノ作りとコト作り、どちらに重点を置くか・・・。

技術大国日本は、モノ作りに関して世界に誇れると思う。

だから、コト作りがちょっと苦手。

ということで、”モノ作り”に長けた方にお会いすることが多い。

とは言いながらも、サービス産業が増えてきている現在、モノ作りに長けた方が、コト作りに従事していたりすることがある。

そうなると、仕事がうまくいかなくなることが多い。

特にWebデザイン、システム開発といったIT分野では、この傾向が顕著なような気がする。

ITも立派な”モノ作り”なのだが、実体が見えない。

だから”コト作り”で、実体を掴み、評価せざるを得ない。

しかし、それを生み出す人達は”モノ作り”に従事しているのであって、”コト作り”が苦手。
(要件定義と実装の難しさはここにある。)

2つをまとめた形で作り出せる人材は限られるので、その2つをまとめる仕組が必要になってくるのだが、これが構築できていないというのが現状ではなかろうか?

ということで、”モノ作り”と”コト作り”、まずはそれぞれ違うという認識から・・・。

今回は、個人的に思ったことを難しい言葉で表現してしまいました。

万人が理解できる言語で問題を定義することが、これからの作業かな。

2006/09/19

考える人と行動する人

最近考えることがある。

何かを身に付けたい、学びたいのであれば行動をしなければ・・・と。

やらずに後悔するより、やって後悔する。
(後悔自体しないんだけど・・・。)

そして結果がどうなろうとも、真摯に受け止める。

そこで初めて学ぶことができる。

結果が良ければ、再現性のある成功要因を。
結果が望ましくなければ、再発防止と異なる結果を出す原因を。

学ぶ時に必要なことは真摯な姿勢。

喜んで浮かれているわけでもなく、うまく行かなくて落ち込んでいるわけでもなく、事実を素直に受け入れる。

自分で考えないで、行動しない・・・ということにならないように常に頭を働かせながら、事実を受け入れる。

なかなか難しいことですね。

2006/09/18

120%のウソ

自分が持っている力の120%を出すことができればいい・・・。

とは誰もが思いそうなこと。

では、それはいいことなのか?

仕事において120%を出して、結果を出すというのは、会社にとって大きな貢献をしてくれるということなので、嬉しい。

では120%を出して欲しいか?

というと、120%ではなく、100%を出し切って欲しい。

120%というのは、瞬間風速。

こちらが考えていることは、”安定的に”かつ”継続して”結果を出すことだから、100%を常に出し切ってもらう方がいい。

手を抜くことも、無理をすることも長い目で見ると、どこかで破綻する。
だから、持っているものを出し切ることに集中する。

このように書くと、当たり前で誰でもできそうな気がするんだけど、実践はなかなか難しい。

なぜならば、こんなことを偉そうに書いている自分自身が、100%を安定的かつ継続して出しているかということが怪しいだけに・・・。

2006/09/17

プロフェッショナル意識

プロフェッショナル意識とはどこから来るのか?

それは、一つ一つの仕事で見ることができる。

つまり、プロフェッショナル意識を持ったビジネスパーソンの方は、一つの仕事に対して全力を尽くし、その評価をきちんと受け止める。

ここでよくあるのが、評価を必要以上に拡大解釈してしまうこと。

一つの仕事を褒められた時、その仕事ぶりを評価しただけであって、人格その他を褒めたわけではない。

逆もまたしかり。

怒った時は、相手の人格を否定したわけでは決してない。

とは言え、人は感情の生き物。

褒められれば有頂天になって自信を持つし、怒られればへこむ。

これが普通の現象だから・・・と言っている内はプロフェッショナル意識が甘いといわざるを得ない。

このような意識でいると、失敗した時に何も学ぶことができない。

つまり、失敗に対して言い訳をしてしまう。

例えば、「今回はうまくいかなかったけれど、今までこれだけ貢献してきたじゃないか!!」

このような反論もしたくなる時がある。

でも、これは極論すると「今回1人殺してしまったけれど、今まで100人救ってきたじゃないか!!」と言っているのと同じ。

100人救ってきたから、1人殺した罪に問われない・・・ということはない。

つまり、一つ一つで評価をしていくので、そこは全力で実行すべき。

それが出来ないプレーヤーがヒットをたくさん打つのは難しい。

1試合で3安打打ってしまうと、手を抜いてしまうし、無安打なら変に力む。

そうではなく、前の打席のことはリセットする。

そして、現在の打席に集中すること。

過去から学ぶことはあっても、それを引きずらないで、現在に集中する。

現在、打席に立てることを、素直に喜ぶことが、良い集中力と将来の結果に繋がってくると思う。

ということで、ただそれを実践するのみ。

チャンスボールは打席に立った人にしか打つことができない。

世の中とってもシンプルだなぁと思う。

2006/09/16

自分の仕事

社長の仕事って何ですか?

このような質問をすると、様々な答えが返ってくるに違いない。

ということで、「自分の仕事とは何だろう?」と考えてみる。

ビジョン、ミッションを掲げ組織が存在している以上、それに向かって行動あるのみ・・・と、いうことは当たり前として、日々の細かい行動まで落とし込むとどうなるだろう・・・。

実に様々なことがある。

それは当然と言えば当然かもしれない。

お客様、社員、取引先・・・関係者を挙げるだけでもたくさんいるし、切り口を挙げればきりがない。

では、「自分の仕事とは何だろう?」

その時々や質問をしてきた相手によって表現は変わるかもしれないけれど、一つ確かなことは、自分が行ったことによって、誰か(何か)を幸せにするということ。

これができなければ、行動を取る意味がない。存在価値がない。

今日は何だか哲学っぽいなぁ。

この手の話は、面白みがないので、読み手を考えると避けるべきネタなのだが、何だか書いてしまった・・・。

2006/09/15

カリスマ経営者論

多くの社長さんにお会いする・・・。

それぞれ個性的で、お話をしていて、とても面白いし魅力的。

さすが、社長としてたくさんの社員の方を束ねられているだけあるなぁと思う。

ということで、様々なタイプの方をお見かけするが、中にはカリスマ性を持った方がいらっしゃる。

カリスマ性を持った方は、非常に魅力的で、その人に引き込まれることが多い。
(それをカリスマ性と言うのかもしれませんが・・・。)

社員の方も社長のことを本当に愛している。
(それと同じか、それ以上に社長が社員を愛していたりする。)

誤解を招く表現をすれば信者。(笑)
聞こえの良い表現をすればファン。(笑)

強い信頼関係が築かれていて、組織としてとても強いと思う。

その一体感は磐石・・・と思うのだが、カリスマの危険性はここにあったりする。

それは、そのカリスマ社長以上の志を持った人がいないということ。

「会社は社長以上に大きくはならない」という言葉が存在するのは、ここから来ていると思うのだが、カリスマ社長がいる会社に「あの程度のものか」、「あんなんだったら私でも出来るわ」という気概を持った人はいないと思う。

ということで、投資家の立場から見れば、カリスマ社長のいる会社は、方向性が読みやすいとも言える。
(例えば、ホンダは非常にわかりやすいと思うのですが、いかがでしょうか?
本人は亡くなってしまいましたが、会社の中には今でも存在していると思います。)

さて、自分のところに戻ると、弊社はどうして行きたいか?

自分は長い目で見ると、カリスマとして存在したくない。

人の注目を浴びるという意味ではカリスマ性は有効だけれども、「あの程度のものか」、「あんなんだったら私でも出来るわ」という気概を持った人に来てもらいたいと思うと、カリスマとして存在したくないと思う。

そうすると組織としての求心力がなくなるじゃないか!!

仰るとおり。

自慢するつもりは全くないのだが、創業者というのは、多かれ少なかれカリスマ性を持っていると思う。

ゼロから何かを始める時には、1人では何もできない。

だからこそ、多くの人の力が必要。
(ということで、弊社もいつも心の中で感謝している人がたくさんいます。)

そこにはある種のカリスマ性が必要だと思います。

とは言え、そのカリスマに依存していると、いつか踊り場が来る。

言葉を変えると傲慢と謙虚。

スタートアップ時には、カリスマ性を持って傲慢に。

ある程度、実力を付けたら、謙虚になる。

つまり、実力のある人が謙虚であるからこそ、そのギャップが魅力になる。

始めから謙虚だと物静かで、誰にも気付いてもらえない・・・。

では、傲慢から謙虚に変わるタイミングがいつなのか・・・というのは、まだまだわからなくて試行錯誤だけれど、個人的には新卒採用が一つのタイミングになるのでは?という仮説を立てています。

「新井さんに憧れて来ました」と言われるより、「あの程度でこれだけの結果が出せるなら、自分もできる。」ぐらいの生意気な人に来てもらいたいような気がする。

2006/09/14

初めての経験

夕方の会社帰りの時間。

ある会社を訪問するために、久々に電車に乗る。

「ここなら空いているぞ・・・。」

ということで、電車が来るまでホームで待つ・・・。

すると後ろから、女性の声が・・・。

「5時から女性専用車じゃなかったかしら・・・。」

「ふーん、そうなんだ・・・。」

と、目を下に落とすと、そこには、でっかくピンク色の「女性専用車」という文字がある。

そして、人の足の間に書いてある適用時間を見ると・・・

平日17:00からと書いてあるではないか!!

現在17:02。

バッチリ適用時間。

なるほど、だから待っている列が少なかったのか・・・。

辺りを見回すと女性ばかり。

そこに紛れてしまった自分が恥ずかしくて、慌てて隣の列に。

そして電車が来て乗り込む・・・。

「空いている席がある。ラッキー。」と思って座ると、そこは優先席。

ごめんなさい。そこは座る席ではなかったのですね。

ということで、退散。

なんかあたふたしていました。

2006/09/13

管理をするということ

「何もかも管理できているということは、ペースが遅すぎるということだ。」

マリオ・アンドレッティがこのような言葉を残している。

うん。よくわかる。

「なんとなく、大丈夫な気がする。

こう言うと、きっと「何を根拠にそう言えるのか」という反論もあるだろう。

もちろん確固たる根拠はない。

だからこそ「なんとなく」なのである。

根拠を固めた大丈夫感は、その根拠が崩れた時に危機感に豹変する。
危機感に基づく危機管理は、その存在理由を証明したくて自ら新たな危機を生むに違いない。

突き詰めれば、危機感というのも「なんとなく」である。
同じ「なんとなく」なら大丈夫な気分をベースに余裕を持って安全管理。」

高橋秀美氏がこのようなことを書き記している。

個人的には国民性なのかな・・・と思っているんだけど、余りにも管理をしたがる人が多い。

全てを知りたい、あらゆることに目が行き届くようにしたい・・・。

その気持ちもわからなくもないが、余裕(遊び)のない管理は破滅を招く。

例えば、自分は健康診断をすると、全ての数字で素晴らしい結果を出す。
体重は、成人になってから、計測結果はいつも同じ。

では、普段、何か健康管理を行っているか?

というと、全く行っていない。

体重計やら何やら測定するものがないので、結果はいつも健康診断でしかわからない。

カロリーを気にしたこともないし、夜寝る直前にでも平気で食事はするし、甘いものだろうが何だろうが食べたいものがあれば、そのまま食べる。

世間的には、止めた方がいいと言われていることを連日連夜、平気で行っている。

とにかく思うがままに自然に任せて過ごしている。

だからストレスがない。

で、数値も全く問題ない。とっても健康。

管理をしようとすると、どうしてもその「自然さ」が失われてしまう。

根拠となる事実や数字を見ると安心する人がいるが、それで安心をしてしまうのは、実はとても危険。

自然に振舞っているのではなく、自分で「コントロール」しようとしていることに危機感を覚えなければならない。

世の中不思議なもので、コントロールしようとするとうまくいかない。

なぜならば、安心の根拠となる事実や数字を、不自然な行動(食べたいのに我慢するなど)によって実現しているから。

その不自然な行動の積み重ねは、いつか大きな爆発となって返ってくる。
(個人的には、この不自然な行動を解消すれば、ダイエットは比較的実現可能なのかなと。)

つまり、ある一時点の事実や数値で安心したいがために、無理をするので、長い目で見るとその反動がどこかで来る。

ということで、大切なのは一喜一憂しないで事実を見る。

そして、その事実を生むプロセス(真実)を確かめることなのだが、人は感情の生き物である以上、事実を見る前に感情で物事を判断してしまう。(だから真実は見えないまま。)

感情に左右されないで、自然に振舞おうとすると、「結果として」コントロールできている。

それが理想的であると思う。

「標準体重」という言葉と同じ様に、ビジネスでも「あるべき姿」としてのベストプラクティスやベンチマークがある。

それを目標にすることは、とてもいいことだとは思うのだけれども、一旦立ち止まって、不自然な行動をしていないか考えてみるのがいいと思います。

結果が出ていない時は、リーダーが安心したいためだけに、不自然な行動を強制していることが多い。

それを止めるだけで、自然に結果が出るようになったりします。

リーダーとして自分が気を付けなければいけないことは、「自分が安心したいためだけ」に何かをやろうとしていないかということ。

それをあるべき姿とかベストプラクティスとか、先進的な企業がしているとか、さも当然のような事実や事例を並べて押し付けていないだろうか・・・。

もしそこに不安を感じているようなリーダーがいるとしたら、その組織はリーダーを変えるなり、何なり手を打った方がいいと思います。

2006/09/12

ソリューション営業?コンサルティング営業?

ソリューション営業、コンサルティング営業という言葉がある。

「御社が抱えている課題はこれですよね?」

「こうすれば解決することができます。」

「こうすればもっと良くする事ができます。」

このような提案を受けた時、考えていることは、提案内容そのものもさることながら、もっと本質的なこと。

それは、「課題って何だろう?」、「そもそもの問題って何だろう?」、「答えるべき質問って何だろう?」ということ。

つまり、課題の定義について。

解決策、答えを考える前に、そもそもの課題や質問を考えているのだが、これは考えるのに、なかなか時間がかかる。

この時、よくあるのが、「A社ではこうしています。」、「ある事例では・・・」、「御社の場合ですと・・・」と、さらなる提案の裏付け。

事実や事例、詳細な分析結果を使っていて、客観的かつ合理的なデータ。

その提案内容を強化するには効果的。

ではあるのだが、こちらが考えていることは、その前の話。

いくら、事実や事例を積み重ねられても、関係がない。

このように、事実や事例を重ねることが、「お客様のために」というアプローチ。

お客様のためを思って・・・伝えているんです。

その情熱や心意気は、とても素晴らしい。

それだけに、その方向性をもう少し別の方に向けると、さらにお客様に貢献することができる。

それが「お客様の立場に立って」考えること。

この場合、「何をお考えになっているんですか?」と質問するだけでいい。

そうすれば、そもそもそれが答えるべき課題なのか考えている・・・など、こちらの思いを伝えることができる。

相手が考えていることを、質問して引き出して、整理をしてあげるだけでいい。

ここでやってはいけないことは、吐き出した内容に対して回答やさらなる提案をすること。

そうではなく、質問を繰り返して、相手の考えていることをとにかく全て吐き出させること。

人は単純なもので、頭にあることを外に全て吐き出すと、スッキリするし、冷静に検討することができる。

とにかく、このような状態にしさえすれば、提案内容について考えるようになる。

にも関わらず、頭の中をぐるぐる回っている所に、事実や事例を詰め込もうとすると、余計混乱する。

こうなると話が前に進まない。

だから、それを吐き出してあげればいい。

提案する側から見て、明らかにメリットがあるのに相手の反応が薄い、もしくは反対意見が出ている場合は、このように別のことを考えていることが多い。

それを吐き出してあげないで、話を進めようとすると、仮に上手くいったとしても相手は「説得された」と思うので、「納得」して行動してくれないだろう。

つまりリピート注文はありえないので、中長期的なお付き合いはできない。

自分自身、コンサルティング会社にいた時は、「お客様のために」という提案が多かったような気がする。

本人は、クライアント企業のことを真剣に考え、かつ本気で貢献したいと思っていただけに、このような「お客様のために」という提案は、実現していたけれど、先方にとっては、いい迷惑だったかもしれない。
(さらにあらゆる情報を集め、クライアント企業を理解しようと努めるなど、本人は良かれと思って様々な活動を行っていただけに、なおさら始末が悪い。(笑))

これは、何とも不幸な話。

コンサルティング業界が爆発的に儲けることができないのは、人に依存した労働集約的な商売というのが一番大きいのだが、それ以外にも、こういった、ちょっとした心遣いがない人が多いからかもしれない。

頭の回転が早い人ほど、カウンターで返してくる。

期限があって、それまでに成果を出さなければならない。

今までと違う成果を出すためには、今までと違う考え方をしなければならない。

そうなると、相手が考えていることを一つ一つ丁寧に深堀している時間なんてない!!

ということで、この点が疎かになっているケースが多いのかなと。

少なくとも、昔の自分はこの点について、あまりケアーをしていなかったような気がする。
論理的に考え、隙が全く見られない提案をしていたような気がする。

先輩から「余りにも正攻法すぎる。」、「真正面からいくと大怪我するよ。」とよく言われたけど、この言葉の意味が、今はとてもよくわかる。

確かに真正面から正攻法で行き過ぎた。

終わりよければ全て良し・・・と言う言葉もあるかもしれないけれど、このような人と積極的に付き合いたいかと言えば、そうではないかもしれない。

幸いクライアントの方からかわいがられて、今でもお付き合いが続いているのが、せめてもの救い。

ということで、今は気を付けて、相手の話を聞くことを徹底しようと思っている。

とは言え、製品、サービスに直接関わり、思い入れがあればあるほど、お客様の声に反射的に反応してしまう。

反射的に反応して、答えるのではなく、その反応に至った経緯や背景など深堀りの質問をする。

それが、誰でもできるような組織が強い営業組織なような気がする。

そのような営業をできるようにしていきたい。

2006/09/11

知恵と知識

知恵は知識でしか伝わらない。

せっかく知恵を教えてもらったにも関わらず、過ちを犯すといつも悔しい。

その時、知識であったものが初めて知恵になる。

「なるほど。言いたいことは、そういうことだったのか・・・。」

という納得感を持って・・・。


この知恵を、そのまま知恵として吸収することはできないのだろうか・・・。

知識として頭に入れて、経験を踏まないと知恵にならないのだろうか・・・。

この知識から知恵に変わるまでの時間が、ある程度かかってしまうことにいつも苛立ちを覚える。

と言いながらも、知恵に変わるまで時間がかかるからこそ、生きていくことができるような気がする。

人は愚かだからこそ、存在できるのであって、賢い人間は破滅に向かって突き進むだけなのでは。

2006/09/10

投資感覚

会話をしていると、投資感覚のある人とない人がいる。

投資をシンプルに考えると、投下した資本を上回るリターンが、どれだけ「確実に」、どの「タイミング」で入ってくるのか見極めること。

まずは、この2つを論点にすればいいのだが、たまにこの観点が全くなくて、ズレた論点をしてしまう方がいる。

例えば金額の大きさに、ビックリして冷静な判断が出来なかったり、大きな金額でもなく、スグに回収できるのに、3年後、5年後の話をしてしまったり・・・。

どうしてこのようなことが起こるのか?

ここが、ファイナンシャルリテラシーの教育が行われてこなかった結果だと思う。

お金は、将来の資産に繋がることに使うべきで、できるだけ消費は控える。

資産と消費の本質的な違いは、とても大切だと思うんだけど、この基本中の基本でも、知らないのが現実。

偉そうに言っている自分も、この感覚を掴むようになったのは、社会人になって自ら株式投資を行うようになってから。

気を付けなくてはいけないのは、株式投資という言葉から、投資をしている気分になっているけれど、実際は、ギャンブルと全く同じ状態になっているということ。

投資である以上、どのタイミングで、どれくらいのリターンを得るつもりかどうか、決めた上で投資をする。

方針を決めた上で、それに合う銘柄を選んでもいいし、個別に銘柄を分析して、それぞれに対して投資スタンスを決めてもいい。
(個人的には後者を選択していました。)

やり方は至って簡単。
企業を分析して、企業の実体よりも割安な銘柄を探しておく。

そして、その企業をウォッチして、株価が上昇しそうな動きがあったタイミング(もしくはその前)で買う。

そして、その動きによって上がった時点で利益確定。

本来であれば、中長期的に割安な銘柄を保有し続けるのが王道なのだが、種銭がないので、このように細かく取引をしていって、利益確定しながら少しずつ大きくしていった。

方針を決めた上で、それに合う銘柄を選ぶ。
個別に銘柄を分析して、それぞれに対して投資スタンスを決める。

これは個々の自由なので、決めの問題なのだが、株式投資の話を聞いていると、どうもギャンブルっぽい人が多い。

だから、上げ相場では儲かった、下げ相場では損した・・・と市場の小さな動きに一喜一憂している。

本当に稼ぐ人は、上げ相場でも、下げ相場でも儲けます。

そして、市場のちょっとした動きでは動じない。

ということで、投資には、勝つべくして勝つ原因があります。

ギャンブルは、勝っても原因がわからない。

会社員だった時に株式投資をして、周りがビックリするほど儲けることができたのも、原因と結果の仮説を明確にしたからこそ。

勝者のメンタリティーは、勝って当然。

だから、大はしゃぎすることはなく、淡々とした静かな勝利。

ギャンブルではなく、投資をする人が増えてくれば、この国のお金の循環も、もう少し良くなるような気がする。

2006/09/09

対話

お客様との対話は興味深い。

自分達が当然だと思っていることも相手にとっては、わからないことだったりする。

ちょっと面白いことに、こんな例がある。

前職の会社HPにケーススタディーとして、自分が関わった仕事が書かれてあったりするのだが、今読んでみると意味がわからない。(笑)

と書くと、あまりにも酷いので、もう少し補足すると、「誰に」、「何を」伝えようとしているのか、もう少し明確だといいのになあという意味でのわからない・・・なのだが。

在職中は全く違和感がなかったのだが、このように一歩離れると見えてくることがある。

だからこそ、今の自分も一歩離れて見る必要がある。

2006/09/08

欺瞞・・・「ぎまん」と読みます。

今年に入って、特に気を付けていることがある。(もう9月ですが・・・。)

それは、「自分が正しいことを証明しようとしないこと」

つまり、「自分が正しいことを裏付ける事実を集めない。」、「自分が正しいことを証明するための発言をしない」などなど、様々な行動がある。

なぜ、気を付けているのか?

それは、「正しいこと」を証明する時は、そこに何か対立が生まれているから。

そういった対立が生まれている時には、自分の知らない「何か」があることが多い。

だから、「正しいこと」を証明する前に、受け入れてみる必要がある。

一言で言うと、自己欺瞞なのだが、この心の葛藤が面白い。

年初には、特に意識しないと出来なかったのだが、最近は、苦もなくできるようになった。
(と言い切るには、まだ早い!?)

頭の回転が速ければ速いほど、この心の存在に気が付くことがなく、条件反射の様に対応してしまう。

「賢い」とは、こういうことを言うんだな・・・と思う。

ということで、「賢い」と優れた意思決定を行うことができる(ことが多い。)

が、「素晴らしい成果を挙げる」ことができるかどうかは別の問題。

優れた意思決定を行ったとしても、行動に対してのコミットメントが得られなければ、「優れていない」意思決定に対して、「強い」行動のコミットメントをしている組織が挙げた成果に負けてしまうこともある。

メンバーひとりひとりが考えないでも問題ない会社は、優れた意思決定で持っている。

つまり、そこには「カリスマ」がいるということ。

カリスマがいると、会社として意思決定システムの整備はどうしても遅れる。

「優れた意思決定」と「強い行動に対するコミットメント」

この両立は、なかなか大変。

なぜならば、優れた意思決定を行うために、多面的な視点を集めなければいけないにも関わらず、行動においては、その内のどれかに絞られてしまうから。

「意見を言っても、どうせ聞いてくれないんでしょ?」となる。

だから「優れた意思決定」と「強い行動に対するコミットメント」を実現すれば、強い組織を作ることができる。

そのためには、何をすればいいのか?

まずは、コンセンサスとは、どういうことなのか考えてみるといいかもしれない・・・。

何てことを考えています。

ということで、小難しい話をしてしまいました。
ごめんなさい。

2006/09/07

ないものねだり

何かがない・・・ということは常にある。

お金かもしれない、スキルかもしれない、人材かもしれない、情報かもしれない。

今、自分にないものにフォーカスすると、どうしても言い訳っぽくなってしまう。

ないものにフォーカスした時に怖いのは、「次の行動に繋がらないこと」

だから、今あるものを最大限に活かして、行動しようとする。

そして、そのないものを手に入れる。

このように考えると、「ないこと」を理由に何かを我慢しているとしたら、その我慢を止めた瞬間に問題が解決するのかもしれないと思った。

ないというレベルも具体的な数字に落ちているかどうか・・・。

例えば生活が苦しいから、余裕ができるまで出産は控えておこう。

このように考えているとする。

この時、具体的な数字を持って控えているなら、問題ないと思うが、特に具体的な数字に落ちていないとしたら、「ないこと」を理由にしていると言える。

「月々25万円の収入で生活に23万円かかっているから、子供の面倒を見るなんてできない。」

おそらく、このような数字感覚はあるかもしれない。

本当に切迫した問題と言うのは、数字を伴ってやってくる。

その数字がないということは、切実な問題ではなく、言い訳の可能性が高いのかもしれない。

その時の数字とは、子供のミルク代、おつむ、検査などなど、月に7万円かかる・・・などなど。

このような問題を意識することによって初めて解決策が見えてくる。

もし先ほどの生活が苦しいから、子供なんて・・・と考えているとしたら、具体的に、子供の生活費まで落としこんで意識をしないと、いつまで経っても・・・になってしまうかもしれない。

ということで、子供を例にしたけれど、経営の数字感覚もこれに近いと思う。

出産と経営が決定的に違うところは、経営はコントロールできるということ。

赤ちゃんが授かるかどうかはコントロールできない。

だからこそ、出産は大切にした方がいいと思っていたりします。
(と言いつつ、自身は独身です。(笑))

2006/09/06

あなたはアントレプレナー?

ちょっと面白いものを見つけた。

アントレプレナー診断

さあ、早速あなたもアントレプレナーかどうか診断してみよう!!

ということで、やってみる。


はい・・・



いいえ・・・



はい・・・



はい・・・



いいえ・・・



終わりっと・・・




診断結果は・・・



パーフェクトアントレプレナー



仰るとおり、私はアントレプレナーです。(笑)

アントレプレナーが答えて、アントレプレナーって診断結果が出たということは、それなりに信憑性のある診断なのかな?

ということで、診断してみては?

2006/09/05

応援者を募る

「あと560回!!頑張るぞ!!」

「何の話?」

「それは、この絵日記が1,000回に到達するまでのエントリ数だよ。」


残り560回・・・と聞くと、ネガティブな表現だが、「あと560回」と表現すると、ポジティブな表現になる?

さあ、頑張って1,000回を目指すぞ!!

と書くと、応援してくれる人も出てくるのかな・・・と思ってみたり。

気が付くと折り返し地点に差し掛かっているんだね。

習慣として組み込むと、小さな積み重ねが大きな成果を生むことに繋がる・・・というのを、このブログを書き続けてわかりました。

だから、フットサルをやると、最近、勝てない。

勝てない理由は、技術的な差ではなく、単純に「走れない」。

だから走り負けない体力をつければいいのだが、これが、「小さな積み重ね」。

一朝一夕にできるものではない。

2006/09/04

絵日記のテーマと言えば・・・ (残り561回)

この絵日記のテーマと言えば、非日常を綴るということ。

なのだが、実はここではあえて書いていないことがある。

基本的に、思ったことを頭から吐き出して書いているのだが、この絵日記に書いている考えが思い浮かんだのは、何か行動や結果があったからこそ。

その思考のきっかけとなる行動や結果については、あまり触れていない。(と思うのですが、いかがでしょうか?)

ということで、話が抽象化されてしまい、わかりやすいことと、わかりにくいことが混在する結果に・・・。

本当は落ち着いて、整理して書いた方がいいのかもしれないですね。

2006/09/03

裸の王様 (残り562回)

いろいろなタイプのトップがいるかと思うけど、自分自身いつも、ホッとするのは、周りに叱ってくれる人がたくさんいること。

つまり、裸でいれば「裸だ!!」と叫んでくれる人が、たくさんいるので、自分自身、裸の王様にならない。

いつも叱られたり、指摘されて気が付いた時に、「裸の王様にならなくて、良かった。」と、思う。

顔色と機嫌を伺いながら議論をするのではなく、あるべき姿を元に議論をしているから、できることだと思う。

ということで、周りのメンバーに感謝です。

2006/09/02

新しいビジネスを・・・ (残り563回)

早速ですが、新しいビジネスでも始めようか・・・。

こんなことを言うと、周りがビックリしちゃうので、冗談はこれぐらいにして、ちょっと面白いかなと思ったネタを披露。

事業性は全く見ていないんだけど、成功者の体験を追体験できる学校というのはアリかもしれない。

「何か実現したい!!」と思ったことは、イメージの世界で実現してから、現実の世界で実現することが多い。

なので、演劇か何かで成功者を演じて、その気になってもらうとか、とにかく勝者のメンタリティーを身に付けることができるプログラムがあると面白いかなと。

正直、どれだけの効用があるかはなかなか理解してもらえないだろうけど、(個人的に掴んでいる)勝者のメンタリティーの肝が、この手のプログラムでつかめそうな気がする。

ということで、大した話でもなかったですね。

2006/09/01

残り564回

以前、「いずれブログを書かなくなるのでは・・・。」という話を書いた。

これまで436日連続で書き続けてきたので、ブログは習慣になっている・・・。

では、どのタイミングで止めようか?

こんな時は、1,000回で止めてみるのもいいかもしれない。

ということで、残り564回。

2年もかからない。

個人的には、あと2、3年かな・・・と思っていたけど、どうしようか。

これから毎日タイトルにカウントダウンでも付けて・・・。