最近の若者はどうよ?
仕事柄、いろいろな方とお話をします。
経営者や役職の方になると「自社の人材」はやっぱり気になり、よく話題になります。
その中で多く出てくるのが「最近の若者はワガママ」、「個性の時代だと言われて育ってきているのか自分勝手」といった声。
個人的に大学生に接したり、若い人達とはできるだけ接点を持とうと、いろいろな機会(週末にサッカーをしたり)を設けていますが、そこで見る若者達は決してそんなことはありません。
若者が将来を作っていくことを考えると、優秀であってほしいと思うだけに、自分が接して感じることと、聞いた話をまとめながら、今回はこの点を掘り下げてみたいと思います。
「ワガママだ」、「自分勝手だ」と思っている方も、彼ら彼女達とうまく仕事をしていくヒントを得られるきっかけになればと思います。
世の大人達(ここではあえてこう表記しますね。他意はありません。)が若者に対して「ワガママだ」、「自分勝手だ」と思うのは、どうやら2つほど考えられそうです。
一つ目は、若者の価値観が多様であるということ。
スポーツで例えるならば自分達の時代は「試合に勝とう!」と言えば、それで団結できたのが、今は「試合に勝てなくても楽しければいいじゃん!」という考え方がある。
No.1ではなくオンリーワンでいいじゃない。
(勝つ(No.1)ことで、オンリーワンになる・・・という話ではないらしい・・・。)
このような考え方を持っている人達がいます。
価値観なんて考える必要がない、自分達の時は、たった一つで明白なものだったのが、今はたくさん解釈の余地がある。
そこがわからん・・・と。
そんな時はまどろっこしいかもしれませんが、仕事ひとつひとつに意味付けをしないとなかなか動かないのでは?
例えば、この仕事がどれだけの貢献をしているのか・・・。
周りやお客様だけでなく、地域や社会といった観点からも、価値を伝えていかないといけなくなっています。
従って、目標だけでなく目的を伝えることは今まで以上に細かくやっていった方が良さそうです。
またNo.1ではなくオンリーワンでいいじゃない・・・という価値観が浸透しているせいか、自分達と比較すると圧倒的に成功体験、失敗体験がない。
(No.1を目指すということは結果が白黒はっきりする中で経験を積むことになるので・・・。)
従って、何かにチャレンジすることに憶病になっているようにも見えます。
失敗という結果ではなくチャレンジしたということの方が評価される・・・という風土や制度を作っていく必要もあります。
上記は全世代に関わる話なのかもしれませんが、なかなか大変です。
ではどうすれば良いかは、別の機会にしたいと思います。
次に2つ目ですが、「ワガママだ」、「自分勝手だ」と感じてしまうのは、「自分の立場を主張しすぎてしまうから」というのが挙げられそうです。
自分の個性を出せ・・・と言われてきたせいなのか、意見を持って主張はできます。
ただその内容が自分の立場で言ってしまう。
コンサルタントとして、第三者の立場でいろいろ仕事をしているのでよくわかりますが、案が通って実行に移されるのは、「自分の立場を主張した」案ではないです。
「関係する人達の立場を代弁した」案が圧倒的に通ります。
(決して相手に媚びた内容ではないです。相手にとって耳の痛い話でも、相手の立場に立った主張であるならば通ります。このように書くと何もわかっていないと言われてしまうので補足すると、これとは別に政治的に案が通る、通らない・・・という話はあります。ここで取り上げているのは、実行に移され結果が出ている案は・・・という意味に近いです。)
意見を求めれば自分の立場から見た意見はたくさん出てきます。
しかし、違う部署、違う部門、違う役職、他社、他業界、地域、お客様、関連会社、取引先の担当者、他国、地球環境・・・自分と違う、想像をするしかない世界から見た意見や視点というのは出てきません。
そんな独りよがりの意見になりがちなので、ぜひ、他の立場から見たらどうだろうという問いかけをしてみると良いかもしれません。
これは情報収集にも当てはまります。
自分に都合の良い事実やデータを集めてくるけれども、それを否定するデータは集めてこない。
多種多様な世の中で、あるテーマで自分や自社にとって都合が良いデータや事実しかない・・・というのはあり得るのでしょうか?
不都合とまではいかないまでも、警告レベルのデータや事実は、注意深く調べると出てくる方が自然な気がしません?
個性を出そう、自分を出そうと自分色を強めよう、強めようとするので、そこはほどほどにして、周りを強めることで、自らを鮮明にする。
闇が深いから光が際立つ、闇がないと光も輝かない・・・といったことを気付かせてあげると、いい意味で力が抜けて独りよがりにならなくなると思います。
これは自分自身を振り返ってもわかります。
社会人2年目ぐらいまでは、相手に認めてもらおう、自分らしさを出そうと強がって、相手の立場を考えないことがしばしばありました。
そして事実やデータを持って無理やり通そうと説得していたような気がします。
3年目ぐらいになって、それではダメだと気付き、相手の立場に立って考えるようになると、とたんに仕事がやりやすくなったのを覚えています。
若い頃は実績もないですから、どうしてもそういう傾向になってしまうのかもしれませんね。
仕事に対する情熱なんかは私達と比較してもあると思うので、その情熱をうまい方向に活かしてあげれば問題ないような気がします。
ということで、ざっくりと書いてみました。
個別に見ていくと、上記のように単純化はできないのかもしれませんが、私達がめんどくさがって自分と違う所を見ていない、認めてあげようとしていないだけなのかもしれません。
相手を認めてあげるだけで、随分と活躍してくれそうな気がしています。
経営者や役職の方になると「自社の人材」はやっぱり気になり、よく話題になります。
その中で多く出てくるのが「最近の若者はワガママ」、「個性の時代だと言われて育ってきているのか自分勝手」といった声。
個人的に大学生に接したり、若い人達とはできるだけ接点を持とうと、いろいろな機会(週末にサッカーをしたり)を設けていますが、そこで見る若者達は決してそんなことはありません。
若者が将来を作っていくことを考えると、優秀であってほしいと思うだけに、自分が接して感じることと、聞いた話をまとめながら、今回はこの点を掘り下げてみたいと思います。
「ワガママだ」、「自分勝手だ」と思っている方も、彼ら彼女達とうまく仕事をしていくヒントを得られるきっかけになればと思います。
世の大人達(ここではあえてこう表記しますね。他意はありません。)が若者に対して「ワガママだ」、「自分勝手だ」と思うのは、どうやら2つほど考えられそうです。
一つ目は、若者の価値観が多様であるということ。
スポーツで例えるならば自分達の時代は「試合に勝とう!」と言えば、それで団結できたのが、今は「試合に勝てなくても楽しければいいじゃん!」という考え方がある。
No.1ではなくオンリーワンでいいじゃない。
(勝つ(No.1)ことで、オンリーワンになる・・・という話ではないらしい・・・。)
このような考え方を持っている人達がいます。
価値観なんて考える必要がない、自分達の時は、たった一つで明白なものだったのが、今はたくさん解釈の余地がある。
そこがわからん・・・と。
そんな時はまどろっこしいかもしれませんが、仕事ひとつひとつに意味付けをしないとなかなか動かないのでは?
例えば、この仕事がどれだけの貢献をしているのか・・・。
周りやお客様だけでなく、地域や社会といった観点からも、価値を伝えていかないといけなくなっています。
従って、目標だけでなく目的を伝えることは今まで以上に細かくやっていった方が良さそうです。
またNo.1ではなくオンリーワンでいいじゃない・・・という価値観が浸透しているせいか、自分達と比較すると圧倒的に成功体験、失敗体験がない。
(No.1を目指すということは結果が白黒はっきりする中で経験を積むことになるので・・・。)
従って、何かにチャレンジすることに憶病になっているようにも見えます。
失敗という結果ではなくチャレンジしたということの方が評価される・・・という風土や制度を作っていく必要もあります。
上記は全世代に関わる話なのかもしれませんが、なかなか大変です。
ではどうすれば良いかは、別の機会にしたいと思います。
次に2つ目ですが、「ワガママだ」、「自分勝手だ」と感じてしまうのは、「自分の立場を主張しすぎてしまうから」というのが挙げられそうです。
自分の個性を出せ・・・と言われてきたせいなのか、意見を持って主張はできます。
ただその内容が自分の立場で言ってしまう。
コンサルタントとして、第三者の立場でいろいろ仕事をしているのでよくわかりますが、案が通って実行に移されるのは、「自分の立場を主張した」案ではないです。
「関係する人達の立場を代弁した」案が圧倒的に通ります。
(決して相手に媚びた内容ではないです。相手にとって耳の痛い話でも、相手の立場に立った主張であるならば通ります。このように書くと何もわかっていないと言われてしまうので補足すると、これとは別に政治的に案が通る、通らない・・・という話はあります。ここで取り上げているのは、実行に移され結果が出ている案は・・・という意味に近いです。)
意見を求めれば自分の立場から見た意見はたくさん出てきます。
しかし、違う部署、違う部門、違う役職、他社、他業界、地域、お客様、関連会社、取引先の担当者、他国、地球環境・・・自分と違う、想像をするしかない世界から見た意見や視点というのは出てきません。
そんな独りよがりの意見になりがちなので、ぜひ、他の立場から見たらどうだろうという問いかけをしてみると良いかもしれません。
これは情報収集にも当てはまります。
自分に都合の良い事実やデータを集めてくるけれども、それを否定するデータは集めてこない。
多種多様な世の中で、あるテーマで自分や自社にとって都合が良いデータや事実しかない・・・というのはあり得るのでしょうか?
不都合とまではいかないまでも、警告レベルのデータや事実は、注意深く調べると出てくる方が自然な気がしません?
個性を出そう、自分を出そうと自分色を強めよう、強めようとするので、そこはほどほどにして、周りを強めることで、自らを鮮明にする。
闇が深いから光が際立つ、闇がないと光も輝かない・・・といったことを気付かせてあげると、いい意味で力が抜けて独りよがりにならなくなると思います。
これは自分自身を振り返ってもわかります。
社会人2年目ぐらいまでは、相手に認めてもらおう、自分らしさを出そうと強がって、相手の立場を考えないことがしばしばありました。
そして事実やデータを持って無理やり通そうと説得していたような気がします。
3年目ぐらいになって、それではダメだと気付き、相手の立場に立って考えるようになると、とたんに仕事がやりやすくなったのを覚えています。
若い頃は実績もないですから、どうしてもそういう傾向になってしまうのかもしれませんね。
仕事に対する情熱なんかは私達と比較してもあると思うので、その情熱をうまい方向に活かしてあげれば問題ないような気がします。
ということで、ざっくりと書いてみました。
個別に見ていくと、上記のように単純化はできないのかもしれませんが、私達がめんどくさがって自分と違う所を見ていない、認めてあげようとしていないだけなのかもしれません。
相手を認めてあげるだけで、随分と活躍してくれそうな気がしています。
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