2006/09/15

カリスマ経営者論

多くの社長さんにお会いする・・・。

それぞれ個性的で、お話をしていて、とても面白いし魅力的。

さすが、社長としてたくさんの社員の方を束ねられているだけあるなぁと思う。

ということで、様々なタイプの方をお見かけするが、中にはカリスマ性を持った方がいらっしゃる。

カリスマ性を持った方は、非常に魅力的で、その人に引き込まれることが多い。
(それをカリスマ性と言うのかもしれませんが・・・。)

社員の方も社長のことを本当に愛している。
(それと同じか、それ以上に社長が社員を愛していたりする。)

誤解を招く表現をすれば信者。(笑)
聞こえの良い表現をすればファン。(笑)

強い信頼関係が築かれていて、組織としてとても強いと思う。

その一体感は磐石・・・と思うのだが、カリスマの危険性はここにあったりする。

それは、そのカリスマ社長以上の志を持った人がいないということ。

「会社は社長以上に大きくはならない」という言葉が存在するのは、ここから来ていると思うのだが、カリスマ社長がいる会社に「あの程度のものか」、「あんなんだったら私でも出来るわ」という気概を持った人はいないと思う。

ということで、投資家の立場から見れば、カリスマ社長のいる会社は、方向性が読みやすいとも言える。
(例えば、ホンダは非常にわかりやすいと思うのですが、いかがでしょうか?
本人は亡くなってしまいましたが、会社の中には今でも存在していると思います。)

さて、自分のところに戻ると、弊社はどうして行きたいか?

自分は長い目で見ると、カリスマとして存在したくない。

人の注目を浴びるという意味ではカリスマ性は有効だけれども、「あの程度のものか」、「あんなんだったら私でも出来るわ」という気概を持った人に来てもらいたいと思うと、カリスマとして存在したくないと思う。

そうすると組織としての求心力がなくなるじゃないか!!

仰るとおり。

自慢するつもりは全くないのだが、創業者というのは、多かれ少なかれカリスマ性を持っていると思う。

ゼロから何かを始める時には、1人では何もできない。

だからこそ、多くの人の力が必要。
(ということで、弊社もいつも心の中で感謝している人がたくさんいます。)

そこにはある種のカリスマ性が必要だと思います。

とは言え、そのカリスマに依存していると、いつか踊り場が来る。

言葉を変えると傲慢と謙虚。

スタートアップ時には、カリスマ性を持って傲慢に。

ある程度、実力を付けたら、謙虚になる。

つまり、実力のある人が謙虚であるからこそ、そのギャップが魅力になる。

始めから謙虚だと物静かで、誰にも気付いてもらえない・・・。

では、傲慢から謙虚に変わるタイミングがいつなのか・・・というのは、まだまだわからなくて試行錯誤だけれど、個人的には新卒採用が一つのタイミングになるのでは?という仮説を立てています。

「新井さんに憧れて来ました」と言われるより、「あの程度でこれだけの結果が出せるなら、自分もできる。」ぐらいの生意気な人に来てもらいたいような気がする。